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ゆく|夢をかなえるためのブログ|

大人からの初心者ピアノ11年目/作曲/語学/バッハ/東京都出身

ハルシネーションとは

こんにちは、ゆくです。

 

AIが、誤った情報を正しいことのように伝える事象をハルシネーションといいます。

 

ハルシネーション(hallucination)の和訳は「幻覚」です。

 

AIが幻覚を見て、誤った情報を伝えてくるイメージですね。

 

ハルシネーションを英英辞書で引くと、「対象物へのリアリティのない知覚」とあります。

 

直訳するとちょっと分かりにくいです。

 

リアリティは「確実なこと(fixed thing)」。

 

知覚(perception)は「神経を通して存在を確認すること」。

 

つまり「確実性は一切ないのに、それが確かに存在すると感じること」となります。

 

近年、AIの台頭に伴い、アメリカのシステム開発者などがAIのエラーをハルシネーションと呼ぶようになりました。

 

しかし、ハルシネーションは必ずしも悪いものではなく、新薬の開発など、これまで組み合わせたことのない成分をAIに分析させることで、新しい発見と出会える可能性もあるようです。

 

一見、ハルシネーションに見えても、実際にやってみると、最新の知見が手に入るかもしれません。

 

ハルシネーションの語源はラテン語でalucinorで、「心の中をさまようこと、夢(dream)」という意味です。

 

似たラテン語にaleaという言葉があります。

 

aleaはギャンブルという意味です。転じて、チャンスという意味にもなります。

 

また、alaというラテン語もあります。

 

alaは翼(wing)という意味です。

 

alucinorもaleaも、alaから派生していたらおもしろいと思います。

 

昔の人は、翼を持つ鳥を見て、あてどころなく進む様子をイメージしたのかもしれません。

 

その心理的な不安定さが、幻覚やギャンブルという意味につながったのかもしれない。

 

ハルシネーションは、AIの幻覚というネガティブな側面を表現する一方で、ギャンブルのように、もし成功すれば状況を一変させる効果を生む可能性があるかもしれません。

 

大切なことは昔からよく言われている

こんにちは、ゆくです。

 

簡単な行動が取れないときがあります。

 

例えば、部屋の床を拭くなどです。

 

けがをして腕が動かないわけではなく、何となくやる気が出ない。

 

気剣体一致という言葉があります。

 

剣道の用語で、相手を打突する際に、気持ちと体と竹刀が一体となることで、有効な打突(いわゆる一本)とみなされる考え方です。

 

反対に言えば、正しく構えずに、適当に腕を振り落として相手に竹刀を当てても、審判は一本とみなしてくれません。

 

この考え方は、日常にも通底します。

 

何となく体が動かないのは、フィジカルな疲労ではなく、気持ちの問題です。

 

さっきの例で言えば、床掃除をしたくないのは、腕が痛いからではなく、やりたくないからです。

 

反対に言えば、やりたい気持ちにもっていけば体は動きます。

 

つまり、気持ちを整えることが行動を変えるための最適なアプローチです。

 

そして、意識を高めるためには、日々そのことについて考え続けることです。

 

長い時間をかけて醸成された意識は、安定した土台のように、行動を支えてくれるはずです。

 

自分を信じる

こんにちは、ゆくです。

 

情報が多すぎる現代は、反対に、本当に自分にフィットするものに出会いにくいのかもしれません。

 

例えば、過剰な広告が、不要なものを購入させるよう誘導していたりします。

 

分かりやすく、楽しくさせてくれるものは、結局のところカロリーの高い食べ物のように、あまり栄養が含まれていないので、自分を成長させてくれません。

 

こうすれば上手くいくというノウハウが書かれている本も溢れていますが、それらも大切な視点を失っているように見えます。

 

自分を成長させてくれるものは、長く時間がかかる地道な作業であり、その先に本当の楽しさがあるのではないか。

 

最近、強くそう思うようになってきました。

 

単純に、自分を信じて前に進んでいけばいいと思っています。

 

本当に必要とするものは、自分の内面にあって、初めからそれが何か、自分が一番分かっているはずです。

 

私も、自分の外側を一生懸命探していましたが、本当は内側を探すべきだと気づきました。

 

暗闇をよく見るために、ろうそくの火を使おうとするのと同じように、不完全な合理性は、私たちを答えから遠ざけます。

 

暗闇は自分の目で見るしかないということです。

 

もう少し、自分を信じてみようと思い始めました。

 

 

アウトプット

こんにちは、ゆくです。

 

重たい岩を少しずつ押すと、いつかその岩が転がり始めて、坂道を駆け降りていく。

 

毎日少しずつ、目標に向かって取り組むことで、重たい岩がようやく動くように、ある日突然状況が変化して、その行動が取れるようになっていきます。

 

その岩を動かすイメージで、私はブログを活用していきたいと思っています。

 

時には自分に対する嘘のような、目標に向けたアウトプットは、夢を叶えるための有効な手段だと考えています。

 

アウトプットは大切とよく言われますが、自分の中でその大切さの理由が浸透してきた感じです。

 

重たい石が動き始めて、自由に意識をコントロールできるようになったとき、やるべきこととそうでないことが、少しずつ反転し始めて、やるべきことに力を注ぐことができる。

 

この記事もそれに向けた1つの、ささやかなステップとなると思っています。

意識すると体が動く

こんにちは、ゆくです。

 

簡単なことなのに、体が動かないことがあります。

 

例えば、洋服をクリーニングに出すなどです。

 

明日また行こう、と先延ばしにしてしまう。

 

あらかじめ、この日にやろうとノートにでも書いておくと、その日が来たら重たい体が動くことがあります。

 

タイムプレッシャーという言葉をネット上で見かけたことがあります。

 

時間の圧という日本語で、期限を設定することで自分自身を無理に動かすイメージでしょうか。

 

仕事は、タイムプレッシャーに追われます。

 

日常ではあまり使いたくない用語です。

 

なので、私は楽しく自分を動かすために、マインドセットをしたいと思っています。

 

この日までに何ができるようになりたいか。

 

ピアノの練習でいうと、今は全調の簡単なカデンツを弾けるようになりたいと思っています。

 

そうするとピアノを弾くことがより自由になる気がします。

 

しかし、カデンツを弾くというのは筋トレのようなもので、地道な作業です。

 

これを練習のルーティンに入れていくために、たまにブログでアウトプットするなどして、意識を高めていきたいと思います。

 

 

ブログ内容の実践

こんにちは、ゆくです。

 

このブログのテーマは、最初、大人からピアノをはじめた私の経験でしたが、途中から習慣づくりやマインドセットも加わりました。

 

ピアノの練習には習慣づくりやマインドセットが関係してくるからです。

 

今は600記事を超えました。

 

アウトプットすると頭の中が整理されます。

 

しかし、ブログで書いたことがすぐに身につくわけではない。

 

説得力のあるブログとは、既に自分が身につけたことを書いた内容だと思っています。

 

しかし、これから身につけたいことも、発信し続けていれば実現に近づきます。

 

ブログを更新し続けると、文章力もついてきます。

 

話は変わりますが、小学生の頃泥団子を作るのが流行りました。

 

土を丸め、水で固めた後に乾かして、何日かかけて表面を磨くことで、土が鉄のように固くなるというものです。

 

それは、高いところから落としてもなかなか割れません。

 

ブログは泥団子のように日々堅くなっています。

 

そして、そこに楽しさを見出しています。

 

過去に書いた自分自身への「嘘」も続けていれば本当になっていくのではないか。

 

そんな気がしています。

それに慣れているか見分ける基準

こんにちは、ゆくです。

 

最初は難しいことも、繰り返し練習すると楽になります。

 

例えば、初めはピアノを両手で弾けませんが、練習すれば弾けるようになる。

 

ピアノは技術の習得が必要です。

 

一方で、簡単に見えて難しいものがあります。

 

例えば、毎日5分読書するなどです。

 

読書に特別な技術は必要ありませんが、意外と毎日続けられません。

 

毎日読書すれば人生が変わるというスローガンはいろんな場面で見聞きします。

 

簡単そうなのにできないのはなぜか。

 

ピアノの話とは違って、読書の継続が難しいのは、意識の力が十分に働いていないからです。

 

意識の力は、技術と違って目に見えません。

 

しかし、毎日読書できる人は経験を重ねて強い意識の力を持っています。

 

意識の力がないと毎日読書しようと思っても、継続は止まってしまう。

 

意識の力と「慣れ」は、深い関係にあります。

 

最初に難しかったことも、慣れていけば余裕が生まれます。

 

慣れていくと、意識の力も自然と高まる。

 

例えば、慣れていない人が5分読書することは、最初は意識の力が働きません。

 

慣れるプロセスを通して意識が強まっていきます。

 

できようになると楽しくなり、さらに意識の力が強まる。

 

そして、それに慣れているか見分ける基準は、隙間時間にそれをできるかということです。

 

10分間、暇な時間ができたら何をするでしょうか。

 

このときに、読書できる人は読書に慣れています。

 

まずは、隙間時間にそれをできるか考えてみましょう。

 

そして、そのこと自体を楽しむ状態を目指していくとよいです。